枝折の径に花の萌ゆ

新人作家・中村汐里による雑記。

ペンネームのこと

今日はペンネームについて。

 

私のペンネームは3つ存在する。

 

以前ブログで書いた静岡市民文芸にて名乗った「風吹柳花」

第1回日本おいしい小説大賞に応募した当時に使った「深町汐」

おいしい小説文庫より『殻割る音』を出版する際に改めた「中村汐里」

 

Fから始まる2つの名前を、文筆業で名乗ることは二度ととないだろう。今後よほどの事態が起こらない限り、このペンネームを変えないつもりでいる。

「中村汐里」という名は非常に気に入っている。もっと早く出会えていたら、とも思うが、出版の機を与えられてしっかり考えなければ生まれなかっただろう。

今回は自分を示すための名前に込めた想いなどを簡単に綴る。

 

『殻割る音』の著者プロフィールにも載っているので、「風吹柳花」についても少し触れておく。

「風吹柳花」という名前は、インターネットで人と関わり始めた頃に付けた初めてのハンドルネーム(HN)だった。

この名前には出典がある。漢詩に詳しい人は勘付くかもしれない。

当時大学の文学部1回生だった私は、少しカッコつけて文学部らしく古詩からHNのアイディアを拝借しようと思っていた。それっぽい顔をしながら図書館で漢詩の全集をめくり、なにやらいい感じに名前に使えそうな文言を探していたのだ。

そこで見つけたのが、李白の『金陵酒肆留別(きんりょうのしゅしにてりゅうべつす)』という詩だった。

「風吹柳花満店香」という冒頭を見た私はピンときた。響きも字面も気に入り、私はインターネット世界をこの名前で渡り歩くことにした。

それから十数年が過ぎ、件の静岡市民文芸にてペンネームを用意することになった私は、安直に懐かしいHNを流用してしまった。まさか市長賞をいただくことになるとは思ってもいなかったので、馴染みのある名前ならなんでもいいだろうと考えてしまっていたのだ。

けれど授賞式の場で、私の名前はあまりにもひねったペンネーム然として抜きん出て目立っていた。年配者や学生の多い地域のコンクールにおいて、受賞者のほとんどが本名だった。

要するに、私の名前は誰よりも浮いていたのだ。本名で出せばよかったと思うくらいに。

 

名前が悪いわけではないものの、確かに感じた居心地の悪さは、私にペンネームの大切さを考えさせる大きなきっかけとなった。

おいしい小説大賞に応募する段階で、私は完全に新しい名前を考えることにした。そこで決まったのが「深町汐」だった。

ただこのペンネーム、さして深い思い入れがあるわけではない。名乗ってみたい名前、使ってみたい漢字、憧れた響きの苗字などを挙げ連ねた中で決まったのがこの名前だった。「汐」についてはかなり重ために寄せた想いはあるが、今はそこまで語る必要もないだろう。

とは言うものの、この「深町汐」というペンネームも気に入っていたのだ。一度使って飽きたので変えよう、などと思ったわけではない。けれど変えざるを得ない理由ができた。

おいしい小説大賞の結果が発表されて『殻割る音』の書籍化の打診を受けたときに、私は初めて自分のペンネームをインターネットで検索した。

そのとき、よく似た名前の作家さんの名前が目に入った。同じ出版社からすでに本を出され、活躍している方だった。

文字から受ける印象がかなり近く、女性の方ということもわかって私は慌てた。後発で紛らわしい名前を名乗ってしまうのは失礼かもしれないと。

そこで担当の編集さんに相談し、ペンネームを変えてデビューすることになった。

それが「中村汐里」なのだ。

 

「中村汐里」への思い入れは「風吹柳花」よりも「深町汐」よりもずっと深い。

まず、苗字は本名と一文字違いである(どちらの字が同じなのかは伏せておく)。そして中学生の頃から傾倒しているアーティストと同じである、という憧憬を反映している。

「汐」は固執に似た想いをもって引き継ぐことにして、さらに一文字足すことにしたのだが、どうせなら私がもっとも好きな「り」を入れたかった。「しおり」であれば名前としての違和感は全くない。

さらに言えば、私の本名にも「り」が入っている。「なかむらしおり」の字面だけを見ると、半分は本名だ。自ずと親近感が沸き、大事にしたくなった。

最後に編集さんのアドバイスに基づいて名前を姓名判断にかけ、結果を目にした私は非常に満足した。困惑しそうになるくらい強運だったのだ。

もちろん、ペンネームの姓名判断がその後の作家人生を決めるなどと信じ込んでいるわけではない。けれどいい方がテンションが上がる。私は単純なので、尚更。

そんなこんながあって、私は「中村汐里」となった。

 

ペンネームについては、切り口を変えれば諸々のトークテーマが生まれて内容も膨らむだろう。なんなら議論もできそうだ。

けれど私は今回、あくまで自分ひとりの名前について、自分の中で完結する話だけをして締めたいと思う。

私は「中村汐里」という名前をこの上なく気に入っている。自らの半身と捉えている。ひとりでも多くの方にこの名前を知ってもらいたい。

そのためには作品を世に出していかなくてはならない。

書こう。アイディアは頭の中にはある。まとめて作り込む力をつけなければ。