枝折の径に花の萌ゆ

新人作家・中村汐里による雑記。

『殻割る音』という名の卵が孵るまで⑦

今日は『殻割る音』の各章につけた章タイトルについて触れたい。

 

登場人物と舞台の設定がいよいよ固まり、さあ書き始めるぞ……というところで私はまたもやブレーキを踏むこととなった。発進もままならない初心者マークのもどかしさに、自分のことながらじりじりした。

設定側はできても、展開側が整っていなかったのだ。プロットこそ用意してはいたが、章の切り替えや起伏についてきちんと考えを詰められてはいなかった。

書き進めながら話を作っていく方法もあるだろうが、経験のない私がそれをやると終盤で軸がズレてしまう気がした。はじめのうちにきちんと筋を組んでおく必要があった。

私はまず物語の全体を単純に場面で区切り、まとまりの悪い場面には展開を加筆してプロットを厚くしていった。

ざっと分けたところで、章のタイトルをどうしたものかと首をひねった。

シンプルに「第一章」「第二章」でもよかったのだろうが、私はそこで洒落っ気を出したくなった。しつこくならない程度に個性を滲ませてみたくなったのだ。

とはいえ、ピンとくるアイディアはなかなか見つからなかった。章ごとに登場する料理が変わる物語ならそれぞれ紹介できる。けれど私の書こうとしているものはオムレツに終始する作品だ。料理自体はほかにいくつも出すつもりだったが、章のトップに掲げる扱いにはしづらい。

そうしてしばらく考えたのち、私はふと思いついた。

ひたすらオムレツを描くなら、それをそのまま表せばよいのでは?

 

本文執筆に取りかかれないまま数日が経った。

1~9章までの構成となった『殻割る音』の章タイトルはようやく決まった。

 

Step1 冷たい卵

Step2 割り入れる

Step3 溶きほぐす

Step4 火にかける

Step5 かき混ぜる

Step6 包み込む

Step7 天地を返す

Step8 盛り付ける

Step9 あたたかい卵

 

料理をする方はすぐわかるだろう。あまりにも単純なオムレツのレシピそのものだ。

これはわかりやすい。自分のアイディアに私は満足した。作品を説明するときに「オムレツの話です」とはっきり言える。

そして同時に、物語をより深く造り込むための光を見出した。

このレシピに沿って展開をさらに広げることを目指せばいい。

つまり、物語自体をオムレツにするのだ。

 

応募先のおいしい小説大賞が「食をテーマとした小説」を求めている以上、食にまつわる物語を書くべきなのはもちろん理解していた。

その上でオムレツという題材を選び、少女の成長譚を描くところまでは決まっていたが、その時点ではオムレツが成長のための小道具でしかなかった。

それが少しもったいないと思いながらも、それ以上の深みを持たせる方法はわかっていなかった。

けれど章タイトルを明確に定めたことで、私は物語にさらに一歩踏み込めるようになった。創作意欲は俄然高まり、私はプロットを再度見直して展開をいくつか修正した。

章タイトルが決まった日を境に、「さくら」の歩む道はオムレツを作り上げる工程とシンクロした。「さくら」の成長、そして彼女をとりまく環境はオムレツそのものになった。

 

物語がそのままオムレツってどういうこと? と思われた未読の方は、ぜひ本書を手に取って確かめてほしい。もちろん、すでに読んでくださっている方も。

「冷たい卵」だった「さくら」が、時間をかけて「あたたかい卵」に変化していくところを見守ってくだされば幸いだ。